
小山市交響吹奏楽団について
楽団紹介
私共小山市交響吹奏楽団は1980(昭和55)年、当時の間々田中学校吹奏楽部の卒業生により間々田青少年吹奏楽団として結成されました。結成の1980年には栃木県吹奏楽コンクールへ初参加し、翌1981年には第1回定期演奏会を開催いたしました。1984(昭和59)年にはより幅広い音楽活動と交流を目指し、現在の小山市交響吹奏楽団に改称、それまで限定的であった団員構成から広く門を開き、「市民に親しまれる吹奏楽団」「地域に根差した活動を」「吹奏楽を楽しもう」をモットーに掲げ演奏活動を転回し展開、現在もこの理念を継承し、
「質の高い地域密着バンド」を目指して活動を行っています。
年1回の定期演奏会(6月)、ファミリーコンサート(10月)、小山市地域福祉振興基金(どんぐり基金)を目的としたクリスマスチャリティーコンサート(12月)、吹奏楽コンクール(8月、9月)への参加を軸に、活動理念である市内でのお祭りやイベント、学校、施設訪問などは積極的に参加させていただき、多い年には年間15回以上もの演奏の機会をいただいております。通称「小山市響」更に市民には「市響(しきょう)」の愛称で親しまれています。
市民の皆様のご声援をいただき、1994年(平成6年)には文化功労賞を1996年(平成8年)には文化功労者優良団体表彰を小山市よりいただくことができました。
スタイルはウインドオーケストラ。高校生から60歳代までの幅広いメンバーで毎週日曜日、間々田市民交流センターにて楽しく活動しています。団員は随時募集しています、いつでもご連絡下さい。


指揮者紹介

東京都出身。武蔵野音楽大学卒業後、渡米しカンザス州カンザス大学大学院に入学、吹奏楽指揮法を専攻し、指揮法・編曲法・吹奏楽史をジェームズ・バーンズ、ロバート・フォスター、トーマス・スティダムの各氏に師事。同大学バンド、バーンズのアシスタントとして副指揮者を務めた後、ディレクターに指名され同大学バンドの指導を行った。在学中、フレデリック・フェネル、ジョーン・ブージョア(第25代米国海兵隊バンド・ディレクター)から指揮法の薫陶を受け、デイビット・ホルジンガー、フランシス・マクベスなどアメリカを代表する作曲家などと多数共演した。2000年12月、日本人として初の同専攻のマスターを取得、同卒業。
現在、吹奏楽指導者として日本のみならず、アメリカ、シンガポールなど各国にて客演指揮者、指導者、審査員として活動する傍ら、米国吹奏楽史の研究、執筆、作曲家との交流も積極的に行っている。また、Jan Van der Roost、Bert Appermont、Robert Childs 各氏を始め数多くの吹奏楽、ファンファーレオルケスト、英国式ブラスバンドの第一線で活躍する作曲家、指揮者の来日の際にはコーディネーター、通訳を務めている。
洗足学園音楽大学講師、米国学生バンド協会Kappa Kappa Psi, Tau Beta Sigma 名誉会員
永久名誉指揮者 藤尾 裕

1965 年武蔵野音楽大学卒業。在学中フルートを吉田雅夫氏に師事。大学在学中の1962年に、小田原吹奏楽研究会において第10回全日本吹奏楽コンクールに出場。
卒業後は栃木県中学校教諭となり、教鞭をとる傍ら、吹奏楽の普及にも力を注ぎ、最初に赴任した都賀町立(現栃木市立)都賀中学校に吹奏楽部を設立。1971年に小山市立間々田中学校へ転任。1973年に吹奏楽部を創設し、1975年から同校を指揮して吹奏楽コンクールへ参加。1978年には金賞を受賞、栃木県代表となり、1980~1982年には栃木県勢初の全日本吹奏楽コンクールへの3年連続出場を果たした。これらがきっかけとなり、1980年には「間々田青少年吹奏楽団」(当団旧称)の結成となった。
その後は教育委員会指導主事、各小中学校の教頭、学校長を歴任し、後進の指導にあたった。2002年に教員生活を定年退職。退職後も各地での審査員や吹奏楽部の指導、小山児童合唱団の団長や音楽団体の役員を務めるなど、吹奏楽に限らず地域の音楽文化の発展に尽力した。
当団においては結成の1980年に初出場した吹奏楽コンクールで指揮をとるなど黎明期を支えた。1987~2022年は顧問兼音楽監督として36年間当団の音楽を牽引し続けた。
2023年に名誉指揮者に就任。2024年9月逝去。
